苔の別名に宿る、日本人の美意識と自然観
―「コケ」と呼ばれるものの、多彩な表情と言葉の世界―
私たちが何気なく目にしている「苔(コケ)」という存在。ひとたびその世界に目を凝らせば、そこには無数の種があり、環境に応じて静かに生きるその姿に、深い魅力を覚える人も少なくありません。
しかし「苔」とは、たった一語で括るにはあまりにも多様で繊細な存在。実は古来より、日本ではこの小さな植物に対して多くの別名や異称が与えられてきました。それは単なる分類のためではなく、苔が自然と人の心をつなぐ媒体として、いかに深く文化と関わってきたかを示しています。
この記事では、苔にまつわる別名を通して、日本人の自然観や美意識を探っていきます。
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苔伝道師の増田(まっすん)です。

今日は「苔の豆知識」をお伝えしていきます♬
▼ 【大阪・関西万博】に採用され「サンテレビ」に取材されました! ▼
1. 苔の呼び名は「景色の表現」だった
まず最初に知っておきたいのは、「苔」という言葉そのものも、古代からの日本語の表現の一つであるということです。
奈良時代や平安時代の和歌や物語には、「こけ」や「こけむす」という言葉が頻繁に登場します。これは、古語としての「苔」が、時の流れや自然の静けさ、生命の循環といった感情と結びついていたことを示しています。
代表的な用例:
「苔むす石のあはれさに、年経るを思ふ」
── 平安時代の随筆より
このように、苔は単なる植物ではなく、「時を帯びた景色」として語られることが多かったのです。
2. 各種の苔に宿る“別名”たち
苔の世界では、種ごとに学名や和名が存在しますが、それとは別に、地域や文化の中で生まれた「俗称・別名」が数多く存在しています。ここではその一部をご紹介しましょう。
● 1. 杉苔(スギゴケ)=「山の絨毯(じゅうたん)」
山間の寺院などでよく見られる杉苔は、整った葉の並びと鮮やかな緑が特徴で、まるで敷き詰められた緑の絨毯のようだと形容されます。このため「山の絨毯」「苔の絨毯」と呼ばれることもあります。
● 2. ヒノキゴケ=「仏の座布団」
扇状に広がるその姿が、どこか座布団や蓮台を思わせることから、仏教寺院では「仏の座布団」などと親しまれています。
● 3. ホソバオキナゴケ=「翁苔(おきなごけ)」
「オキナ」とは「翁=年老いた人」を指し、白くふわふわした姿が老翁の髭を思わせることから、古くからそう呼ばれていました。
● 4. コツボゴケ=「壺苔」
「ツボ」のようにぷっくりとした蒴(さく:胞子の袋)が可愛らしく、その形から壺に見立てて名づけられました。
● 5. シノブゴケ=「忍ぶ苔」
これは植物名にもなっていますが、古来より忍耐や静かなる力を象徴する存在として、「忍ぶ苔」と詠まれました。
3. 地域ごとに変わる呼び名
苔には、地域や文化圏によって呼び方が変わる特徴もあります。たとえば同じ苔がある地域では「仏の髪」、別の地域では「鬼のまくら」と呼ばれるなど、人々の暮らしや信仰に根ざした呼び名が付けられてきました。
例:
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「鬼の枕」…広島県の山間部に伝わる呼び名。岩肌に群生する苔の姿が枕のように見えたことから。
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「お月見苔」…秋の夜に照らされて美しく見える苔を、愛でる心から呼ばれた名称。
4. 文学・俳句における異名の美学
日本の俳句や短歌の中では、「苔」を直接詠まずに、別名を用いることで余韻を生む表現が数多く見られます。
例句:
「草の戸や 木の間の月に 苔の声」
―― 松尾芭蕉
このように、苔はときに「沈黙」「緑陰」「雨後の声」といった、音なきものに名前を与える表現として登場します。
5. 現代でも生きる苔の別名たち
現代においても、苔テラリウムやガーデニングの世界では、苔の別名を取り入れたブランドや作品名が増えています。
たとえば、
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「翠の座布団」:ヒノキゴケを使ったテラリウム
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「ひとしずくの森」:スナゴケを中心とした湿潤系テラリウム
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「古の音」:苔と古木を用いたオブジェ作品名
といった具合に、「苔の呼び名」はただの識別名ではなく、作品や空間の物語を語る要素として生かされています。
6. まとめ:苔の呼び名は、心の感受性を映す鏡
苔は、小さく、声もなく、華やかさもない植物かもしれません。しかし、それをどう名づけ、どう呼ぶかということに、私たちの感性や自然との向き合い方が宿っています。
古の人々は、苔に「老い」「静けさ」「仏性」や「季節のうつろい」といった、形にならない感情を託し、それを名前というかたちで結晶化させてきました。
現代を生きる私たちもまた、苔の姿に心を重ね、名づけることで、自分の内面と対話する機会を得ているのかもしれません。
これから苔に触れるとき、ぜひその別名に込められた物語にも目を向けてみてください。そこには、時を超えた日本人の心が、そっと息づいています。

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